改善整理コンサルタント
まきの くみ

-保有資格-
整理収納アドバイザー
改善整理コンサルタント
オフィス環境診断士1級
親・子の片付けインストラクター1級
タスクシュート認定トレーナー
– 実績-
・教育機関リピート登壇多数
・元無印良品スタッフ 倉庫整理・改善担当
・大橋悦夫氏主宰スピードハック研究会
第49期、第51期講師
家庭の整理収納から、現場の改善整理へ。
これまで私は、整理収納アドバイザーとして、家庭の整理収納や仕組みづくりに携わってきました。
私自身の家庭での整理収納と、お客様宅の訪問、そして講師として登壇をした経験を通して学んだのは、「使う人に合わせて仕組みを整えること」の大切さです。
この意識がないと、絶対に環境は整わないということです。
私の仕事の本質は、変わっていません。
家庭も職場も、人が迷ったり、イライラしたりする原因は、とてもよく似ているということです。
探し物が多い。
人によってやり方が違う。
「あの人しか分からない仕事」がある。
その原因は、人ではなく仕組みにあることが少なくありません。
だから私は今、その考え方を飲食店の現場へ届けたいと思っています。
場所は変わっても、私が目指していることは変わりません。
働く人にやさしい仕組みを。
その想いを胸に、一つひとつの現場と向き合っていきます。
実は苦手だった「片づけ」
私は子どもの頃から、模様替えが好きでした。
といっても、大がかりな家具移動ではありません。狭い空間での、小さな模様替えです。
机の引き出しを開けては、文房具の位置を入れ替えたり、
お菓子の箱で仕切りを作ったり、箱の向きを変えてみたり。
ほんの小さな“マイナーチェンジ”をしては、満足していたのを覚えています。
一方で、片づけが得意だったかというと、決してそうではありません。
むしろ苦手な方でした。
いったん使ったものを、「あとで戻そう」とちょっと置く。
それを繰り返し、気がつくと散らかっている。
「あ、片づけなきゃ」と思って、そのときはいったん徹底的にきれいにしても、
しばらくすると、また同じことを繰り返してしまう。
決して昔から片づけ上手だったわけではなく、
どちらかといえば、散らかすのが得意なタイプ(笑)でした。
子育てのイライラと「整理収納アドバイザー」への道
そんな私が子育てをすることになり、これまでとはまったく違う感覚に出会いました。
朝は片づいていたはずの部屋が、気づけば夕方には散らかっている。
自分では何もしていないはずなのに、部屋は確実に“荒れていく”。
子育てが始まるまでの人生では、片づけは「やろうと思えば、あとで取り戻せるもの」でした。
けれど子育てが始まってからは、片づけても片づけても、まったく追いつかない。
「知らないうちに散らかっていく」
そんな感覚を覚えたのは、このときが初めてでした。
なんとなくイライラして、家族にもきつく当たってしまう日々。
その理由が「部屋」にあるとは、当時思ってもみませんでした。
でも、ある日ママ友が遊びにくる予定があり、
いつもより丁寧に部屋を片づけたとき、私は思わずこう言っていました。
「部屋がきれいだと、気持ちがいいね〜!」
そのときの私は、驚くほどニコニコしていたのです。
そんな自分にハッとしました。
「あぁ、私のイライラの原因は、これだったんだ」と。
ちょうどその頃、こんまりさんの本が話題になっていて、
「整理」という言葉が心のアンテナに引っかかりました。
いくつかの講座に参加し、学びを深め、導かれるように
整理収納アドバイザーになりました。
ところが、片づけの大切さを知りスキルを身につけた私を、次に待っていたのは「家族との温度差」でした。
「片づけを張り切っているのは、お母さん(私)だけ」という現実。
これは完全に盲点でした。
家族に片づけを強要したこともあります。
「片づけないなら捨てるよ!」と子どもを泣かせてしまったり、
夫に「あれどこ?」と聞かれて「この前言ったのに!」とキレてしまったり。
家がスッキリするだけでは解決しない。
私が片づけ上手になるだけではダメ。
少しずつ気づいたのは、
本当に大切なのは「家族とのコミュニケーション」だということです。
使う人に合わせること。
その人がやりやすい仕組みを、一緒につくっていくこと。
やってみてうまくいかなかったら、また別の方法を試せばいい。
そんな「寄り添う片づけ」は、後にすべての仕事の土台になっていきます。
現場で働いて見えた、「わかりにくさ」という課題
整理収納アドバイザーとして活動する傍ら、
私は小売店や飲食店、介護施設など、さまざまな現場でも働いてきました。
どの仕事も最初は、新しいことを覚えるのが純粋に楽しかったです。
経験のない作業を一つひとつ身につけていくのは、新鮮で、やりがいのあるものでした。
けれど次第に、あることに気づきます。
同じ作業でも、教えてくれる人によって「分かりやすさ」がまったく違うということです。
Aさんの説明だとすっと理解できるのに、
Bさんの説明だと、なぜか混乱してしまう。
どちらが良い・悪いという話ではありません。
教える側も忙しい中で、普段は無意識にやっている作業を必死に思い出し、
それを言葉にしながら伝えているのです。
こちらがメモを取る時間まで気を配る余裕がないことが、ほとんどでしたので、メモを細かく取ることができず、後から読み返しても書き漏れがあったり、なんとかいいてあるのか分からないほどだったり。
「これで合っているのかな」
「ミスをしたらどうしよう」
確認したい気持ちはあるのに、
「これでいいですか?」を何度も聞くのは気が引ける。
この前教えてもらったのに、また 同じ質問を繰り返すのも申し訳ない。
(本当は、分からないことは聞いた方がいいと分かっていても、
「何度も聞くことに気が引ける」という方は、多いのではないでしょうか)
そんな状態では、安心して仕事に集中することはできません。
そこで私は、まず自分用にメモを工夫するようになりました。
けれど、すぐに気づきます。
この不安は、私一人のものではない。
みんなが迷わず確認できる「共通のよりどころ」が必要なのだと。
そうして私は、バイトでありながら、そして少しお節介かなと思いながらも、
自分のメモをベースに、誰が見ても分かるマニュアルを作るようになりました。
「こんなのが、ずっと欲しかった」初めてのフローマニュアル依頼
とある飲食店でのことです。
スタッフが入れ替わるタイミングで、店長からこう頼まれました。
「新しく入ってくる人のために、開店前の掃除のフローマニュアルを作ってほしい」
思えばこれが、初めての正式なご依頼でした。
それまでは、いわば「勝手に」作っていたのですから。
コンパクトなA5サイズにまとめた「開店前の掃除のフロー」をお渡ししたとき、
店長は開口一番、こう言いました。
「こんなのが、ずっと欲しかった。」
それまでのやり方は、
先輩アルバイトさんが口頭で説明し、
新人さんがメモを取り、そのメモを頼りに一人で作業をする——
おそらくどこにでもある、当たり前の流れでした。
それでずっと回ってきたのですから、
一見すると問題はないように思えます。
ところが、そのフローマニュアルを作る過程で、初めて分かったことがありました。
代々、間違ったまま伝わっていた手順があったのです。
教える側が記憶を頼りに言語化し、
それを新人がメモに写し取る。
このループが繰り返される中で、どこかに抜けや漏れが生まれ、
気づかないうちに「少し違うやり方」が受け継がれていく。
この例は掃除だったので、大ごとにはなりませんでした。
「え?本当はそうだったの?」という程度で済みます。
けれど、同じことが他の業務でも起こらないとは限りません。
飲食店であれば、食中毒や味の仕上がりなど、死活問題につながることもあります。
もし、何かが起こってしまったとき、おそらく話題になるのは「誰が?」です。
誰が間違えたのか。
そうなると、その当人は自分を責めることになります。
「次は間違えないように」
「今度は失敗しないように」
一見すると前向きな決意のようですが、
こうしたネガティブなエネルギーでは、人のパフォーマンスは下がってしまいます。
不安や恐れ、自責が強い状態では、視野が狭くなり、
本来の力を発揮しづらくなるのです。
心理学でも、
人は「安心しているとき」「自分は大丈夫だと思えているとき」に、
集中力や判断力、学習力が高まると言われています。
逆に、
「また怒られるかもしれない」
「間違えたらどうしよう」
という気持ちが先に立つと、
頭の中は“失敗しないこと”でいっぱいになり、
考える余白がなくなってしまいます。
思い返してみると、私自身もそうでした。
不安なまま仕事をしていると、
手順そのものよりも「間違えていないか」「見られていないか」が気になってしまう。
その結果、動きが遅くなったり、かえってミスを引き起こしてしまうこともありました。
一方で、
「ここを見れば確認できる」
「分からなくなったら戻れる場所がある」
そう思えるだけで、不思議と気持ちは落ち着きます。
安心感があると、人は自然と前向きなエネルギーを使えるようになります。
自分で考え、工夫しようとする意欲も湧いてきます。
「次はこうしてみよう」と改善に意識が向く。
こうしたポジティブな状態こそが、パフォーマンスを引き出す土台なのだと、
私は現場で何度も実感してきました。
マニュアルや仕組みは、人を縛るためのものではありません。
人を守り、安心して力を発揮できる“土台”をつくるものです。
「人ではなく、仕組みを見直す。」
これは、多くの現場改善の根本にもある考え方です。
ミスの原因を人に求めるのではなく、
「どこが分かりにくかったのか」
「迷いやすい構造になっていなかったか」
そうやって仕組みそのものを見直していく。
その姿勢こそが、
職場をやさしくし、同時に成長させる力になる——
私は、現場を通してそう感じるようになりました。
だからこそ私は、
「誰が悪いか」を探す前に、
「安心して働ける仕組みがあるか」を見直したいと思うようになったのです。
人を責めず、仕組みを見直す文化をひろげたい
私は、片づけを通して“相手に寄り添うこと”を学び、
現場を通して“人ではなく仕組みを整えること”の大切さに気づきました。
そして今、はっきりと思っています。
人を責めず、仕組みを見直す文化を広げたい。
職場のストレスは、家に持ち帰られることがあります。
家庭のストレスが、職場に影響することもあります。
逆に言えば、職場が笑顔になれば、その笑顔は家庭にも広がる。
私は、そんな循環をつくるために
「おしごとレシピ」というサービスをはじめました。
誰かだけに負担が集中しない職場。
新人が安心して働ける環境。
ミスを責めず、仕組みから整えていく文化。
家庭にも職場にも笑顔が生まれる社会。
「わかりやすい!」→「できる!」が、人を笑顔にします。

家族は、夫・男の子3人・猫1匹(男の子)
コーヒー好きです。深煎りが好み。カフェに行くのも好きですが、自宅でコーヒーを淹れて飲む時間が一日のリラックスタイムです。
子ども時代
福岡県の田川郡という田舎町が故郷です。
兄と2人兄弟。
父親には「切磋琢磨!」と言われて育つ。
母は社交的で、料理上手の散らかし屋さん。私の明るい性格は母譲り。
小学校は徒歩1時間の登校。雨・雪関係なく、朝6:50に家を出ていました。
登校途中に編んでいたシロツメクサの花かんむりは、今でも素早く作ることができます。たっぷりと時間があるのに、なぜかよく走り、よくコケました。
すりむいたヒザ小僧に、その辺で摘んだヨモギの葉にツバをつけて、治療(?)していました。おかげでたくましく育ちました。
シルバニアファミリーがコレクションで、今も箱で大事に保管しています。整理収納アドバイザーでも、これは捨てられない・・・・

3つ上の兄とゲームをするのが好きでした。中でもドラクエは初期の「ふっかつのじゅもん」からの世代です。ひらがなを写し間違えて悔しい思いをしました。(兄によく怒られましたw)お金の使い方・持ち物管理・博打(カジノ)・・・そして友情。
ドラクエに教えてもらったことは大人になってからも、そして人生の折り返しの現在でも学びが活かされていると言っても過言ではありません。ただ、時間管理は学べず・・・寝る時間も惜しみ、こっそりと好きなだけ楽しみました。

学生時代
山口県下関市にある大学に通うため、2年間の寮生活、2年間の一人暮らし。
在学中に夢中になったのはハンドベル。自己啓発の読書会、何を勉強していたかを言えないほど、今まったく役に立っていない。ので言えない・・・
寮生活
先輩との2人部屋。同部屋の先輩とは相性が良く、とても楽しい時間を過ごした。感謝しかない。
寮では季節ごとにイベント。友人3人とやった「二人羽織」は大盛り上がり。人に楽しんでもらえる喜びを覚えた。
クリスマスパーティは大学の教授を招き、一緒にお食事ができる機会をいただいていた。寮生の特権だった。
個人で携帯を持っていた時代ではなかったので、電話がかかったら寮のアナウンスで呼び出されていた。
アルバイト
デパ地下のお惣菜屋さんで2年間のアルバイト。
残り物のコロッケなどの揚げ物やグラタン、サラダなどを持ち帰り、ブクブクと太り、不規則な生活で肌は荒れ放題だった。
一人暮らし
寮を出て2年間の一人暮らし。羽が生えた。
合コンを覚えた。
未だに分からないのが、こたつの中から猫が出てきたこと。いつ入ってきたのだろう・・・。
ダラダラすることを覚え、試験前は毎回徹夜。卒業論文も徹夜で仕上げた。
就職
地元の市役所の水道局にて、受付嬢をする
結婚
大学時代に合コンで知り合った人と4年間の交際を経て結婚
超お手軽に結婚相手をGETした。
出産
初めての出産は、男女の双子を早産し天国へ見送った。
その後3人のお宝坊ちゃん達に恵まれることになる。
妊娠中はすべて切迫早産。
長男妊娠時に胆嚢炎発症。26歳の若さで胆石が見つかり妊娠5ヶ月で開腹手術。
医師からは「胆石は中年の太ったおばさんがなるもんだ」と言われ、学生時代に揚げ物を食べまくっていた自分を呪った。
その後は出産まで入院。医療用麻薬の投与で切迫早産を止め、無事36週で出産。
その後の2人の息子たちも切迫早産だったが、早期の入院をすることなく無事出産。
子育て
3人の男の子の子育ては、今となっては(?)幸せでしかない日々。
すでに社会人・大学生の長男次男は家を出て、現在は末っ子の高校生と夫、そして、猫1匹と暮らしています。
子育て、そして家庭の整理収納に関しては音声配信にて雑談しています。